「本当の戦い」を戦うんだ

本当の戦い
死を超えるものが欲しい
アリスの大冒険

本当の戦い

エイナル
オレは今までに　大勢の人達をこの手で殺してしまった

お前の家族のような
名前も知らない人達を
何の恨みもない人達を

なのに今日……　また人を殴った

もうこれっきりだ

オレはもう二度と人を傷つけない
もう今日で　暴力と決別するんだ

生まれ変わるんだ
生まれ変わって　償いをしなくちゃ
本当の　本当の戦いを　戦うんだ……！
幸村誠『ヴィンランド・サガ』

本当の戦い。
上のは僕の好きな漫画『ヴィンランド・サガ』の主人公、トルフィンの台詞です。
アニメだとシーズン2・第9話「誓い」のエピソード。

我々にはきっと、それぞれが為すべき「本当の戦い」がある。
それがなんなのかを探し、戦い、勝ち、敗れ、命は過ぎて逝くのでしょう。
勝敗は大切ではなく、自分にとっての「本当の戦い」がなんなのかを見つけること、それこそが重要であり、勝ち負けなんてものは二の次で、転んでも、倒れても、何度でも立ち上がることに意味があるのだと思います。
しかし、現実にはそもそも、「戦う機会」すら与えられない命がたくさんあります。

ヴィンサガの奴隷編は、人によっては退屈だという評価のようですが、僕は一番好きです。
ヴァイキングとして大勢の罪なき命を奪ってきたトルフィンが、生きる目的を失い流れ着いた農場で、自分がしてきたことの罪深さを思い知る。
何かを生み出すこと、作り出すことの尊さを知り、決意を固め立ち上がる。
僕は漫画やアニメ、映画を見る際、主人公が応援できるキャラクターかどうかで好き嫌いが結構変わるタイプなので、そういう観点からトルフィンはかなり好きな主人公です。

死を超えるものが欲しい

「なぜ生きなければならないのか」

アルネイズにそう問われた時
すぐには言葉が出てこなかった

彼女はもう――
死よりも魅力あるものを　全て失くしたんだ

生きなければならない責任も　全て失くした

彼女にとって死は恐怖じゃない

最後の救い――
完全な安らぎだ

そんなアルネイズに
「だから生きろ」と言えるだけの言葉が
すぐには出てこなかった

死を超えるものが欲しい

アルネイズに　胸を張って語ることができる
死を超えた救いと安らぎが　生者の世界に欲しい

ないなら　作る

立て　エイナル

兄弟　一緒に来い
ヴィンランドに平和の国を作る

やろう　兄弟
海の向こうに　奴隷も戦争もない国を作ろう

アルネイズのために
幸村誠『ヴィンランド・サガ』

これもトルフィンの台詞。
死が救いと安らぎとなってしまった者を引き留めるには、「死を超えるもの」の力が必要です。
それはなんでしょうか？
生きることより、死ぬことに魅入られてしまった者を繋ぎ止める、大きな力。
簡単には答えられない問いです。
もしかしたら、そんなものはそもそも存在しないのかもしれません。
ですがトルフィンは決意しました。

ないなら、作る。

アリスの大冒険

パピーミルの繁殖犬達は、過酷な環境で日々戦っています。
ですがそれは強いられた戦いで、彼等が望んでその戦いに身を投じているわけではありません。
繁殖犬達には、「本当の戦い」を戦う機会も自由もないのですから。
僕は今までに、多くの子を看取ってきました。
檻の中で死を受容し、自らの運命を理解したように寂しげに目を伏せていたあの子達に、僕は何もしてあげることができませんでした。
むしろ、「こんなクソみたいな場所でボロボロになりながら生かされるよりも、死んで楽になったほうがマシなんじゃないか？」とさえ思っていました。
だから死に手招きされていたあの子達にかける言葉はいつも同じで、「もう頑張らなくていいぞ。楽になれ。きっと向こうは楽しいところだし、もし犬に生まれ変わったら、次は俺の家に来い」みたいなことを言いながら、撫でることしかできませんでした。
あの子達に、「死を超えるもの」を教えられずに……。

先日保護したチャウチャウ♀のアリス。
彼女は強いられた戦いから抜け出すことができました。
しかしすぐに、「本当の戦い」が始まります。
ようやく休めたのに、また戦わなければならないのかという感じですが、それは彼女にとって――命にとって避けられないもの、むしろそれこそが生きるということなのではないでしょうか。
「本当の戦い」を戦えることが、どれほど幸せなことか。
勝ち負けはどうだっていいんです。
アリスはようやく、《在るべき犬生本当の戦い》のために命を燃やせる。
アリスの大冒険が、ついに幕を開けました。