ダーウィン事変

ポムケンは立つのか立たないのか(;O;)

「Crosspaw」さんという保護活動支援チャンネル

先日担当の方とお話しする機会があったのですが、Crosspawさんという保護活動支援チャンネルがYouTubeで始動しました。
主に犬や猫の保護活動をしている人や団体の紹介動画を投稿されてゆくとのことです。
第一弾の動画では、以前大室公園の譲渡会でお世話になった方の活動が紹介されております。
是非ご覧ください。
保護活動を支援するためのチャンネルですので、たくさんの方に見てもらえたら嬉しいですね。

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ダーウィン事変

今放送中のアニメ『ダーウィン事変』を10話まで視聴しました。
主人公は人とチンパンジーの間に生まれた「ヒューマンジー」の少年であるチャーリー。
動物の権利、動物解放を掲げるテロ組織との戦いと、差別や人権の問題を描いた作品です。
原作は月間アフタヌーンで連載していたので僕も名前だけは知っていたのですが、アマプラでゴールデンカムイを見るついでに視聴を始めたら止まらなくなって10話まで一気に見てしまいました。
全13話(?)らしいです。
『ヴィンランド・サガ』や『宝石の国』、『おおきく振りかぶって』、あと最近だと『メダリスト』もそうですが、アフタヌーン原作のアニメは外れがない印象です。

なぜ『ダーウィン事変』の話を取り上げたかというと、内容が動物の権利・福祉に踏み込んでいて興味深かったからです。
『亜人』という漫画に近い印象を受けました。
あのラスボスっぽいリヴェラ・ファイヤアーベントとかいう男が亜人の佐藤っぽくありません?
ちなみに僕は『亜人』を佐藤健主演の実写映画から入ってアニメ → 漫画の順に見ました。
逆だったら映画の評価は微妙だったかもしれませんが、最初が映画だったので普通に楽しめた記憶があります。
アニメはあんまり覚えてないです。
その後に読んだ原作の内容が数倍濃くて面白かったので、そっちしか記憶に残っていないという。

『亜人』も、人間社会に潜む未知の存在である亜人の権利の問題が描かれます。
亜人には人権がないため非人道的な実験が行われ……。
『ダーウィン事変』では、声を上げられない動物達に代わり、動物解放を掲げ人間社会にテロ行為を繰り返す組織が登場します。
作中でヴィーガンについてかなり踏み込んだ議論が為されていて、おそらく作者はこのテーマの扱いにかなり神経を使ったんじゃないかなと思いました。
実際、このヴィーガンを廻る問題は現実でも――特に海外でですが、迷惑行為という形で動物の権利を訴えている人々がいるのは、SNSやニュースを見る限り事実です。
もちろん、作中のテロ行為ほどの凶悪な事件は聞いたことがないですが。

過酷な動物実験に使われていたチンパンジーの母親から産まれた、ヒューマンジーのチャーリー。
テロ組織は、チャーリーを動物解放の象徴としてリーダーに据えようとするわけです。
チャーリーこそが、人と人以外を繋ぐ真の架け橋になれる存在で、声なき動物達の代弁者だと。
しかし、当のチャーリーは全くの無関心。

「なんでみんな僕を、僕以上の何かだと思うのかな。僕は何の代弁者でもない、ただの一匹の動物。ただのチャーリーだよ」

この場面、チャーリーに対し悲痛な訴えをしたヴィーガンの少年の心中を察すると、複雑です。
確かにアニマル・アドボカシーはとても大切ですが、他者に理想を押しつけ強制するのはよくありません。
僕も想像してみたのですが、例えば、もし過酷な目に遭ってきた繁殖犬と人の間に生まれた子が現実にいたとしたら、その子になんらかの特別な感情を持ち、同情し、運命や宿命のようなものを勝手に見出し、きっとこの子には重大な使命があるに違いないなどといった周囲からの期待や圧力が押し寄せるのは間違いないでしょう。
ですがその子はただの一つの命で、誰かの代弁者になることなんて望まないかもしれません。
まああくまでフィクションなので無意味な仮定ですが、しかし声を上げられない動物達の代弁者になるということは、非常にセンシティブな問題でもあるわけです。

僕はヴィーガンではありませんが、スーパーで豚肉や牛肉は買わないとか、平飼い卵以外は買わないとか、その程度のささやかな抵抗は今も続けています。
あと昔の自分が知ったら驚くだろうなと思うのが、家の中に出た虫をなるべく殺さずに逃がしてあげていることです。
どうしても殺らなきゃいけない時以外は、よだかの如く命を奪わない生き方をこれからも続けていきたいです。
そういう生き様を突き詰めたものがヴィーガンなのであって、本来その生き様自体は決して誰かに批判されたり非難されたりするものではないはずなのです。

動物達の声を代弁するのは大切ですが、その声が本当に動物達の声なのか。
見えない星の遠吠えを、耳を澄まして、聴かなければなりません。
原作は今も連載中ですが、いつか読んでみようかなと思います。
作者がどういう結末を描くのか、興味があります。

命を奪わず、命を減らす

どうしても必要な時以外は命を奪わない。
そうは言ったものの、僕の中で矛盾を抱えているのも事実です。
僕は、犬の数は減らすべきだと思っています。
命を奪わないけれど、命を助けたいけれど、そのために、命を減らすべきだと思っています。
進化の不可逆性。
ドロの不可逆則。
オーストラリアに棲息するディンゴは、数千年前に人間に連れてこられたイエイヌが野生化したもので、ほぼ「ノイヌ」と同じような獣だと思われますが、彼等は決してオオカミの姿に戻ることはありません。
長い年月をかけ、自然選択の果てにオオカミから姿を変えた現在のイエイヌたちは、仮に長い年月をかけ再度完全な野生化を果たしたとしても、元のオオカミに戻ることはもうできないのです。
もし新たな自然選択を経てオオカミに似た姿に戻ったとしても、それはオオカミに似た何かであって、かつて遠い時代に生きていたあのオオカミとは別の生き物です。
イヌはもうオオカミに戻れない。
人間社会で、人と共に生きる道を選んでくれたイヌたちに、もう帰る森はないのです。

僕はジャーマンシェパードが好きです。
フレンチブルドッグも好きです。
ミニチュアピンシャーも、ミニチュアダックスフントも、ウィペットも好きです。
ですが彼等は、野生動物とはかけ離れた姿をしており、土着犬とも異なる姿をしています。
あの子達の命が、多くの哀しみや苦しみ、痛みを元にして作り出された脆く壊れやすい硝子の器なのだとしたら、僕はそんな悪魔の装置は壊れてしまうべきだと願ってしまいます。
たとえシェパードという犬種がこの世から消えてしまうとしても、です。

特定の犬種がなくなったとしても、イヌが滅びるわけではありません。
オオカミが進化の軌跡を辿って形を変えた姿――本来の「イエイヌ」の姿に近づくだけです。
それは「雑種」と呼ばれるのかもしれません。
新たな「土着犬」に成り代わるのかもしれません。
そもそも、イエイヌから人為的に特定の機能や特徴を抽出して交配、細分化するかのような行為――それを「血統」とか「純血種」とか呼んで管理するようになったのなんて、ここ200年程度の浅い歴史しかありません。
純血種の犬や猫は、突然変異したわけでも、自然選択を経たわけでも、進化したわけでもありません。
人間のエゴが、彼等の魂の器を造り変えたのです。
動物の品種改良、乱繁殖といった近現代の命の在り方を見たら、ダーウィンは何を思うでしょうか。

命を救いたいという思いで活動をしながら、命を減らすべきだと願ってしまう矛盾を、ずっと抱えています。
ですが、不幸な命を生み出さない――それこそが、オオカミを森から連れ出したニンゲンの責任だと思うのです。
各々の裁量に任せるのではなく、法律や制度によって管理する。
文明人たる我々には、帰る場所を失った産業動物達に果たすべき務めがあります。
しかしこのアニマル・アドボカシーも、誰かの不幸の上に成り立っていいわけではありません。
幸せの最大公約数を求めるのは、とても難しい……。

なんか読み返して思ったけど、このところ思想強めでスピリチュアル度上がってる気がするぞ!
全然関係ないんですけどボチっていうポケモン可愛くないですか?
ちなみに僕が一番好きなポケモンは黄昏ルガルガンです。

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保護犬シェルター【石松家】の管理人です。
サンホラとプロ野球が好き。

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